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魔女とコヨーテ」
第六話 道の先

第六話: 道の先 11

2009.11.05  *Edit 

 その後も順調に旅は続き、ふたりは無事に伯爵領に入った。
 万一伯爵を始めとする知り合いにでも見つかれば、男爵一家を放り出して姿を消したシェリルは、あまり愉快な立場には置かれないだろう。それまでの伯爵との友好関係を考えれば、いきなり罰されるようなことは無いかもしれないが、捕えられて事情の説明をさせられるのは間違いない。
 変装に手を加える為、不器用なシェリルに代わってコヨーテが、彼女の黒髪を器用に頭に沿って、巡礼者らしく編みこんでくれた。さらに顔に薄く土を塗って肌を汚してみた。
 コヨーテに「肌汚くしたから、かなり印象違うでしょ?」と訊いてみたところ、「元々色白じゃないから、あまり変わらないんじゃない」と率直に答えられ、そこで小さな諍いが起こったが、旅路に大きな影響は無かった。
 指輪と男爵、そして男爵の家族を探しながら、伯爵領を馬で疾走したことを思い出す。そうするとやはり、救えなかった仲間たちのことも記憶の奥からつられて思い出し、街道を歩きながら、時折シェリルは唇を噛んで視線を遠くに投げた。時間は決して戻らないと知っていても、ああすればよかった、こうすればよかったという後悔が、胸の中に虚しく渦巻き、瞳の奥が熱くなった。この街道を、無事に助け出した彼らと共に歩いて、西に向かえたならと考えずにはいられなかった。 
 シェリルの心を読めるわけでもないのだろうが、彼女がそうした想いに浸っている時、隣を静かに歩いているコヨーテが邪魔をすることはほとんど無かった。逆に彼の方が物思いに沈むこともたまにあったので、勿論シェリルはその時の彼を妨げることはなかった。
 全く異なる部分もありながら、やはりこの人とはどこか似ていると、シェリルは温かいものに満たされながら考えた。彼も同じことを感じてくれているといいと思ったが、確かめることはできなかった。まだ怖かった。


 伯爵領を抜ける頃、王都を出て二十日が過ぎていた。
 西に向かうには、辺境伯領を越えなければならない。迂回するとすれば、南を回って三ヶ月以上の余分な日数がかかる。
 ふたりは話し合った末、辺境伯領を通過することに決めた。
 彼らに賞金を掛けている暗殺者ギルドの背後にいるのが、辺境伯である。シェリルが既に形もなく溶かしてしまった、指輪を探している本人の懐に入り込むことになる。危険なのは言うまでもない。辺境伯の兵士は当然のように、シェリルとコヨーテの似せ絵でも見せられ、彼らを探していることだろう。領内の盗賊や傭兵も同じことをしているはずだ。
 しかし急ぎの旅ではないにしろ、南へ回り込んで三ヶ月も時間を無駄にするのは避けたかった。辺境地域との間にある山脈を初秋までに越えなければならないが、南回りでは間に合わない可能性がある。そうすると、山脈の手前で、春が来るのを待たなければならない。
 ふたりが取ったのは、兵士や傭兵たちが多く行き交う主街道ではなく、森を抜ける鄙びた巡礼道、ふたりが出会った古い道だった。


 辺境伯領の関所を無事に通過した後、しばらくふたりは昔の話などしながら、古い巡礼道を歩いていた。
 ふたりきりの旅は心もとない。しかしシェリルが獣よけの結界を張っているおかげで、夜は盗賊や動物に怯える必要もなく、野宿といえどもぐっすり眠れた。
 王都を出てから、ふたりは夜に何度か体を重ねた。だがかつて、指輪を探してふたりで旅をしていた時のように、毎晩のようにというわけではなかった。
 旅の疲れとシェリルの体力の低下が最も大きな原因であった。陽が沈むまで一日歩くので、特にシェリルはくたくただ。食事を済ませると、入浴もしないうちに、寝台で鼾をかいていることもしばしばだった。
 昼間や夜寝る前、時折彼はシェリルを、彼が言うもの欲しそうな目で見ていることがあり、シェリルもそれに応えたいとは思うのだが、疲れには勝てない日もあった。
 辺境伯領に入ったばかりのある夜、コヨーテに素肌を撫でられながら、うっかり眠ってしまったことがあった。すっかり臍を曲げてしまった彼は、その翌日一日、必要なこと以外、シェリルと話そうとしなかった。
 シェリルが謝り続けたその次の日には、コヨーテは普段通りの態度に戻ったのだが、その夜以降、シェリルがすぐに眠らないでいる時でも、彼女を抱こうとはしなくなった。
 そうなると今度はシェリルの方が落ち着かない気分になる。もしかして飽きられてしまったのか、ただ根に持って怒っているだけなのか、小さな不安が次第に積もり始めた。
 彼とはもはや肉体だけで繋がっているのではないと思っていたが、肌を全く重ねられないと不安になるというのは、自分が動物じみているように思えて悲しかった。昼間並んで歩いている時には、コヨーテはシェリルの肩を軽く抱いたり、頭を撫でてくれたりはしたが、それだけではどうしても満たされない部分がある。
 恥を忍んで、自分から抱いて欲しいと言った方がいいだろうかと考え始めた矢先、月経が訪れた。辺境伯領に入って、七日目ほどのことだった。
 コヨーテと娼館で長い話をした夜以来、シェリルは彼と抱き合った後に避妊薬を飲んでいない。旅に出て、避妊薬の材料が簡単に手に入らなくなったという理由が一番だが、悪魔の契約と引き換えに子種を失ったという、彼の言葉を信じたということも、決して小さくはない。
 そして心の片隅では、もし彼の言葉が偽りであって、子供ができてしまったとしても、以前に想定していたような、絶望的な状況にはならないだろうとも考えていた。もしかしたら妊娠が、コヨーテとの間にいまだに挟まっている、薄い何かを取り除いてくれるかもしれないなどと、ある意味でその状況に微かな望みを持っていた。愚かで無責任な発想だと自嘲したが、それを否定することはできなかった。
 従って予定より少し遅れて生理がやってきた時、シェリルは大きく安堵すると共に、砂粒のようなほんの微量の落胆も覚えた。
 しかし当座のより大きな問題は、月経の為にコヨーテと肌を重ねることができないということだった。まだ陰湿に臍を曲げているのか、彼の方から誘ってくることはなかったし、出血が続いている状態では彼女の方から誘うこともできない。


 昼食の後、そう時間も経たない内、下草が生え揃い、元の道の形も分かりづらくなった古道で、シェリルは座り込んだ。
「どうしたの?」
「疲れた」
 突然座り込んだシェリルに、コヨーテが気遣わしげな声をかける。それに甘えるように、彼女はぶっきらぼうに答えた。
 最もひどい生理痛の時期は終わったが、まだ出血がひどく、体がだるくて重かった。月経中独特の苛つきもあり、今朝からシェリルはそうやって何度も休憩を取っていた。彼女の答えを聞いたコヨーテの表情が呆れ顔に変わる。
「また? 段々休憩の間隔が短くなってない?」
「だって疲れたんだもん」
 コヨーテには月経中であることは伝えていない。まだそこまで開けっぴろげに語るのは恥ずかしかった。そしてそのことが、彼女の苛立ちをさらに煽っていた。
「でもしょっちゅう休んでばかりじゃ、体力もつかないよ。別に急いでいるわけじゃないけど、一応秋には山脈を抜けないといけないし」
 てっきりいつものように、溜め息をつきながらも隣に座ってくれると思っていた彼は、立ったまま、腕組みまでしてシェリルを見下ろしていた。
「だって、体重いし、足もパンパンだもん」
 実際、月経時の体のだるさのせいで、腰に石でも詰め込まれたように下腹が重く、少し歩いただけで息が乱れるほどだ。長い間歩き続けた足も、筋肉が張ってむくんでいた。
「だから、夜寝る前にマッサージしときなって言ってるのに」
「だって、疲れて寝ちゃうんだもん」
「わかんないなー。ちょっと足さするぐらいの時間も起きてられない? 子供や動物じゃないんだから、眠いから寝るじゃ、これから先困るんじゃない? 自分の体くらいある程度は自分の意志で操れるようにならないと」
 その一言はシェリルの怒りに火をつけた。自分の意志で自分の体が制御できるなら、苦労はない。そもそもこんな男に関わるものか。
「だって、生理なんだもん、しょうがないでしょ! いつ生理が来るかも自分で調整しろっての?」
 つい声を荒げたが、返ってきた声は冷静だった。
「そういうことじゃないよ。ただ生理だって自分の体のことなんだから、自分で対策考えるのは当然じゃない? 僕に威張られても困るよ」
 シェリルが生理だと聞き、動揺するかと思っていた彼は、全く表情を変えていない。聡い彼のことだから、シェリルの仕草や行動で、既に勘付いていたのかもしれない。
 仲間たちと一緒にいた頃も、男たちはシェリルやマライアが月経中の時は、こちらから告げずともそれに気づいていて、さりげなく気を遣ってくれていた。シェリルとマライアも、当然のように、お互いが生理中の時は相手の体調などに気配りをしていた。自分の問題だと突き返されたのは始めてだ。
「対策考えてなくてごめん」一段低くなった声でシェリルは告げた。「あたしの体の欠陥のことで、あなたには関係ないことだもんね。それをどうするか考えてなかったのは、確かにあたしのミスだよ」
「いや、欠陥ってことじゃないけど……」
「これ以上あたしの事情で、あなたまで足止め食わせたくないから、先に行って」
「……シェリル」
 大きな溜め息をついて、腕組みを解いたコヨーテが屈みこむ。シェリルの鼓動は弾んだ。彼が怒るのか、逆に言い過ぎたとシェリルに謝ってくれるのか、彼の意志は分からないが、とにかく彼の関心はその瞬間、全て彼女に向かっているのが分かる。子供じみた方法だと分かっているが、そうしてコヨーテの興味を全て集めることができるのは、胸の奥に小さな陶酔をもたらした。
 全身の神経を彼に向けながら、それでも目も合わせようとしないシェリルに向かって、彼は淡々と話した。
「どうしてそうやって、すぐそっぽ向くの。どうしても歩けないなら、悪いけど待ってって、僕に頼めばいいし、頑張って歩けるなら、もう少し頑張ればいいでしょ。いじけてたって……」
「もういい。歩けばいいんでしょ」
 腰の奥に力を込めてすっくと立ち上がると、シェリルは荷物を持って一人で古道を歩き出した。
「……なんだ。歩けんじゃん」
 どう見ても無理をしている彼女を案じてくれるかと思ったが、コヨーテは後ろで憎たらしいことを呟いている。またかちんと来たシェリルは、さらに足を速めた。足の裏とふくらはぎは鈍痛を持ち、相変わらず下腹は重かったが、倒れても構わないとばかりに気力で歩き続けた。
 

 夕方前になって、コヨーテは休憩を取ろうと言ったが、すっかり依怙地になっていたシェリルは足を止めなかった。彼もさすがに彼女の頑なな態度に腹を立てたらしく、その後ふたりは無言で歩き続けた。
 シェリルの踵が悲鳴を上げ始めた頃、幸いにも林の隙間に巡礼宿が見えた。まだ陽は高かったが、宿があるなら無理をして歩き続ける必要もない。
「今夜はそこで宿を借りよう」
 コヨーテの提案に、内心安堵しながら、やっとシェリルも素直に頷いた。  

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~ Comment ~

re: 拍手お返事 >Hさん 

初めまして。拍手、ありがとうございます!
そんなに長く読んでいただいて、ありがとうございますー!

拙い文章ですが、そうおっしゃっていただけて、ありがとうございます。
まだまだいけてなく、読み返すたびに唸る思いですので、今後もっと修行します。
四話までも、お話自体はシリアスで暗めなのですが、五話以降はよりシビアになりました。
…相変わらず、しょーもないことやってますが。

シェリルはそうですね、ツンデレ体質だと思います(笑)
心を許せる人間の前でしか素直になれないというか…それでも素直になりきれないんですけど…^^;
ここ数回のお話は、彼女のそんな性質が悪い方へと出ていますねー。
コヨーテ君もケツの穴小さいので、ツンデレ娘のワガママを「あはは」と受け止められないんですよね~…。
ムネ大きいんだから許してやれよって気もしますが…それとこれは別なんですかねー。
本当に、シェリルは「大きいのキライ」とか言ってますが、それなら分けて欲しいです。うう。

六話もあと半分くらいですが、最後までお付き合いいただければ本当に幸いです。
ありがとうございます。

re: 拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございますー!
シェリルは元は色白でしょうが、旅続きのハードワークによって、顔や腕は日焼けしている模様です。
よって胸は白いんじゃないでしょうか。…またムネの話に(笑)
色白Fカップ…憧れますねえ。
いやしかし、色の白黒より、やはり手触りですねー♪
大きさもついでに関係ない…といいなあ(泣)

生理中のナントカカントカは、12回の方で…。
罰当たりな人たちです。本当に…(>_<)

あ、メールの件、ありがとうございます!!
近々、フォームを作ってお知らせします!
しょえー、こんなに早く着手していただけるなんて…あああありがとうございます~!
他にも何か必要なことがあれば、お知らせください~!
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