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魔女とコヨーテ」
第六話 道の先

第六話: 道の先 16

2009.11.21  *Edit 

 秋の初めの雨が降った翌日からは、再び夏の日差しが戻ってきた。あの涼しさは幻だったのではないかと思うほど、ぎらぎらとした強烈な陽光を浴びて歩いていると、容赦なく体力は奪われる。
 辺境伯領にあるような深い森の中であれば、木々の葉が日の光を遮ってくれるのだろうが、この辺りのように背の低い潅木が疎らに生えているだけでは、ほとんど日除けにはならない。一日中フードを被って歩かなければならないが、暑いとフードの中に湿気がこもり、不快だった。
 今朝宿を出てから、コヨーテとはほとんど口を利いていない。今朝は珍しくシェリルが先に起き、身支度を整えて、食堂で朝食を取った。話好きの主人と会話をしながら、焼きたてのパンを頬張っていると、コヨーテが起きて下りてきた。
 意外に早食いの彼と、先に食事を始めていたシェリルが同時に食べ終えた後、コヨーテはすぐに出発しようと言った。食堂を見回したが、あの三人姉妹の姿は無かった。
 彼女たちを待っていなくていいのか。そんな嫌味が口から出かかったが、辛うじて飲み込んだ。朝から喧嘩になるだけだ。
 朝方はひんやりした空気を突き刺す日差しが心地よかったが、すぐに気温は上がり、汗が出てきた。他に街道を歩く旅人の姿は無く、ふたりは沈黙したまま歩き続けた。以前からこうして黙ったまま歩くことは多かったが、今はこの沈黙がただ重い。かといって、何も話す気にもならなかった。
 昨夜、夜半までシェリルはすすり泣きながら起きていたが、コヨーテは戻ってこなかった。朝方目が覚めると、隣に眠ってるのに気づいた。
 ひと月ほど前、昼と夜に大きな言い争いをして、深夜までコヨーテが戻らなかった晩──占い師の声と共に彼が戻ってきた夜──以来、彼はほとんどシェリルと一緒に眠りに就くことはなかった。炎天下の中を歩き続け、くたくたになって、ふたりとも倒れるように寝台に崩れた時は例外だが、そのまますぐに眠ってしまい、翌朝まで目覚めないので、寝台の中で会話もない。そしてあの夜から、一度も抱き合ってはいなかった。
 その少し前から、コヨーテが若干シェリルとの睦みあいに、やや慣れによる疲れを見せているのは、彼女も分かっていた。仕方のないことだとは思う。それは彼女も同じだったからだ。
 いつもと同じ指の動き、同じように肌を這う唇と舌。安心はしたが、それは僅かな退屈を伴った。コヨーテもシェリルがそう感じていることに気づいたようだ。そして彼もまた同じ気持ちだったらしく、冗談めかして趣向を変えてみようなどと言い出し、彼女の尻に挿入しようとしたことも何度かあった。
 そんな彼を不真面目だと思い、烈火の如く怒っては、彼を蹴ったりしていたが、よく考えれば、ふたりが今まで重ねてきた睦みあいと比べて、さほど不真面目とも思われない。肛門を使って交わるのは、体に良くないことは事実なので、断るしかなかったと思うが、コヨーテの思いの奥底を、もっと掬ってやればよかった。
 もう遅い。今のふたりには、起こり得ない出来事だ。
 ついひと月ばかり前の自分たちに、彼女は激しく嫉妬した。
 昨日降った雨が幾らかの湿気を呼び込み、昼の暑さはうだるようだった。
 顔から汗を滴らせ、息を乱しながらも、シェリルは自分から休憩を言い出したり、以前のように勝手に座り込むことはなかった。
 毎夜のように深夜まで寝床に戻らず、恐らく宿の女や行きずりの女と寝ている彼に、これ以上自分の都合を押し付ければ、いつ見捨てられてもおかしくない。そしてそれよりも、ふたりで座った状態で、沈黙が流れるのが怖かった。
 ゆうべ、どこに誰といたの。
 聞いても最悪の結果しかもたらさないことを、どうしても尋ねたい。そんな誘惑と戦うのが苦痛だったからだ。
 聞けば争いになる。今度こそ、決定的な亀裂が入る。それはよく解っていても、シェリルにはそれを避けて問い詰める技量や理性はない。だから黙っているしかないのだ。
 しかし一方で、早く今の危うい均衡を叩き潰して、ばらばらにしてしまいたいという衝動も確かにあった。
 夏のこの時期、山脈の手前の聖地に向かう巡礼者は少なくない。街道沿いにも、いくつも宿や宿場村が並ぶ。近くの村からやってきた夫婦などが、夏の間だけ宿を開けているところもある。
 まだ夕方前の日の高い内、最初に見つけた宿で、コヨーテは今夜は早めに休もうと言い出した。
「どうして? もう少し歩けるよ」
「日が長いからまだ明るいけど、今朝は早くから歩いてるんだ。たまには早めに宿に入ろうよ」
 それなら昨日の雨の旅路こそ、早めに切り上げて欲しかった。
 喉まで出掛かった言葉をこらえ、シェリルは言った。今まで彼女の遅足のせいで、旅の速度が落ちているのだ。
「じゃ、休んで、もう少し歩かない? あたしなら平気だよ」
 それを聞いたコヨーテの眉が僅かに寄った。
「今日どんだけ暑かったと思う? 休憩も碌に取らないで歩き続けたら、体が壊れるよ。せめて早く休んだ方がいい」
「だって」
 彼女なりに今日一日、わだかまりを押し殺しながら、遅れを取り戻すために歩き続けたつもりだった。それなのに、そんな非難じみた言い草をされるのは、あまりに報われない。
「あなたが休憩を言い出さなかったから」
「休憩のペースまで、僕が決めなきゃいけないの? それはいつ決まったの」
「だって、あたしが自分に合わせて休憩するって言えば、休み過ぎだって言って、不機嫌になるじゃない」
「不機嫌になってるのは、君でしょ。いつも疲れたって言って座り込んでるのは、どう見ても怠けてるだけだよ」
「だから今日は我慢したんじゃない。どこまでが我儘で、どこからが体調を考えてのことか、あなたにどう見えるかまで、あたしには分からないよ」
「僕にどう見えるかじゃなくて……」コヨーテはそこで声を落とした。「やめよう。とにかく、今日はここで休みたい。僕も疲れた」
 彼はシェリルから顔を背け、すぐそばにある宿の扉を開けた。揺るぎのない、シェリルに全く意識を向けていない動き。たとえば彼女が短気を起こして、ひとりで先へ行こうとこの場所を去れば、そこでふたりは決裂となるだろう。彼がシェリルを追いかけてくることはない。
 最終的にはシェリルがコヨーテに合わせるしかない。まだ離れたくないからだ。
 だがそれは、彼自身と離れたくないからなのか、彼と離れれば、西に辿り着くのも、王都へ戻るのも、彼女一人では困難だからなのか、もうシェリルにも分からなくなってきていた。


 小さな宿が三、四軒立ち並ぶこの辺りでは、共同の風呂場があった。
 かなり早めの夕食の後、隣の宿の裏手にある風呂をシェリルが先に借り、その後にコヨーテが浴場に向かった。彼を無言で見送ったシェリルが、洗濯物を部屋の手頃な場所に干し、寝台に倒れこんでも、窓の外から見える空には、まだ黄昏の微かな光が残っていた。
 まだ暑いが、もうすぐ月が変わる。来月の終わりは秋分だ。随分と日も短くなった。
 やがて秋が来て、冬が来る。シェリルもその時、二十歳になる。
 神出鬼没だったコヨーテと、僅かながらも繋がりができたと思ったのは、丁度十八になったばかりのことだった。たまたま仕事先で会い、うまく立ち回って捕らえた彼を、彼女自身が逃がしたのだ。
 あの頃、彼が王都に会いに来てくれると言ってくれただけで、世界中の誰より幸せだった。彼がシェリルをどう思っているかなど、二の次だった。ただコヨーテが会いに来てくれる。それだけで飢えていたものが何もかも満たされた。彼は賢いから、それ以上彼女に近づけば、心地よい均衡が崩れると知っていたのかもしれない。だから自分の居所や名前も知らせず、都合のいい時にシェリルに会いに来ていたのかもしれない。
 そうだとしたら、愚かなのはやはり自分だ。仲間を亡くした後、ひとりでどうにか立ち直るべきだった。あるいは他の人間──師や家族──を支えにすれば良かったのだ。誰に縋ってもいい、けれど失いたくないのなら、コヨーテにだけは縋ってはいけなかった。
 けれど世界中の全てが憎かったあの頃、彼以外の人間に、彼女を救えただろうか。たとえ愛する母や、敬愛する師であろうと。それは分からない。永遠に分からないだろう。
 あのまま。
 仲間たちの亡骸を見つけた時。
 コヨーテが彼女と一緒に、永遠の眠りに就いてくれると言ってくれた時。
 どうして生きることを諦めなかったのだろう。
 覚悟していたはずの後悔が、再びシェリルを襲った。耐えると決めていただけに、一層苦しかった。
 毎日新鮮に涙が溢れてくるのにも、驚きだった。逞しくなったと思っていた自分が、コヨーテを含め、いかに多くのものから支えられていたか解る。シェリル自身は、何もできない内気で無力な少女だった、十四の時から変わってはいないのだ。
 今夜もコヨーテは遅いだろう。
 目を閉じて、深い眠りに入ることを祈った。彼が女の声と共に、深夜に戻ってきても、目を覚まさなくて済むように。


 顔に何か触れた。
 意識が浅い波打ち際へと引き戻される。コヨーテが戻ってきたのだ。
「シェリル……寝ちゃった?」
 まだ夢を見ているのかと思った。久しぶりに名前を呼ばれた気がする。
 夢ではないと、閉じたままの目蓋の重さが語った。浅瀬で微睡んだ記憶が残っている。眠りに就いてから、それほど時間は経っていないように思えた。
 コヨーテが戻ってきたのだ。横になったシェリルの顔のすぐそばで、彼の声が聞こえる。こんなに近くで彼の声を聞くのも、久しぶりだった。
 彼女は目を開けず、声も出さなかった。動くのが億劫だったし、こうして目を閉じて寝た振りをしていれば、どうせコヨーテはすぐに部屋を抜け出すだろうと思っていたからだ。

 頬に触れていた手が耳の横に滑り、髪の生え際に潜り込む。吐息が顔にかかった。
 唇に柔らかく湿って、温かいものが触れる。とても懐かしい感触だった。戸惑っているシェリルの唇を押し開くようにして、ざらついた舌が入り込んでくる。
「シェリル、起きて」
 涼やかで優しい声。どこにも硬さがないその響きも、久しぶりに聞いた。
 けれど彼女は目を閉じたままで、唇を開いてコヨーテのくちづけに応えることもしなかった。
 口の中に忍び込んだ舌は、彼女の唇の裏側、歯の表面を撫でると、固く尖って、何度か唇の入り口から出入りした。まるで彼の性器が彼女の中にそうしていたような動きだ。脳の奥から交接の予感を呼び起こされ、シェリルの体に温かい芯が入り、逆に意識はとろけるように弛緩し始めた。
 もう離れていく一方だと思っていたコヨーテと、やっと繋がれる。抱いてもらえる。
 もはや彼女自身にも、彼女の体にもほとんど興味はなくなってしまっていたと思っていた彼が、やっと抱いてくれる。
 一刻も早く目を開けて、今日までのことを謝り、すべて彼に受け止めてもらうのだ。赦しを請うのは、自尊心の高いシェリルには苦痛だが、相手がコヨーテなら、これほど甘美なことはないと思えた。そして全身全霊を込めて、いつも頼っているばかりだった彼を愛する。今夜はすべて彼の思う通りにしてあげたい。
 それでももう少しだけ、コヨーテの愛撫に身を委ねていたかった。あと少し、体の芯に最後の火がつくまで。
 彼の手はシェリルの首筋に伸び、緩やかにそこを撫でた。さざなみのような感覚が、静かに伝わってくる。やがて繊細な指先は喉を滑って、乳房に触れた。

 予想していたような快楽は流れてこなかった。
 色の無い冷たい違和感だけがそこにある。まるで医者に体を探られているような、無機質な感覚だ。
 目を閉じたまま、意識を集中させようとした。今シェリルの体に触れている男は、彼女が唯一それを許せる男で、彼女の大切な道連れである。今まで何度、何十度となく、彼に触れられては熱くなった感覚を思い出し、再び呼び覚まそうとした。
 服の胸元の紐がほどかれ、コヨーテの手が内側に滑り込んできた。素肌を撫でられ、胸の膨らみの先端に、彼の指が触れる。そこから伝わる刺激は強烈だったが、果たして快楽と呼べるのかは判らなかった。
 コヨーテがやっと触れてくれたのだ。余計なことは考えなくていい。必死で言い聞かせたが、シェリルの意志で自由にならない、彼女の裏の意識は、彼が彼女に触れた時から、ずっと叫び続けている。
 同じ手で、誰に触れたの。
 ゆうべ、長い黒髪の美しい娼婦の乳房も、同じように撫でたの。
 今シェリルの乳首を撫でている指先は、昨夜はあの女の体の中に入り込み、彼女を悦ばせていたかもしれない。今シェリルの腿に押し付けられている、熱く固くなった彼の股間も、あの女の愛液に濡れた体の中に突き入れられ、歓喜の声をあげさせていたのかもしれない。
 関係ない。他の人間と彼とのことなど、シェリルと彼との間には関係のない話だ。それより早く、コヨーテが触れる手の動きに、すべてを集中させなければ。初めて彼に抱かれた時のように。

 固く目を閉じた拍子に、瞼の隙間から涙が流れた。薄暗い部屋の中とはいえ、コヨーテはそれに気づいたらしい。肌を撫でる動きが、戸惑いに鈍る。
「シェリル」
 名前を呼ばれ、頬を流れる涙に、唇が触れた。
 弱まっていた彼の手の動きが、再び力強くなる。乳房をぐっと握られて、その中心を指でなぶられた。
 コヨーテが彼女の涙を、どう解釈したかは分からない。今までのシェリルの振る舞いに対する悔恨の涙か、あるいは快楽と喜びの為に泣いていると思ったのか。シェリルには分からなかったが、少なくとも彼女が泣いている理由を、彼が正しく捉えていないのは明らかだった。
 コヨーテは彼女が彼の愛撫を受け入れていると思っている。だが彼女の体は固く冷たく閉ざされたままだった。シェリル自身が彼の気遣い――あるいは単なる欲望だったとしても――を嬉しく思い、どんなに受け入れようとしても、体は一向に熱くならない。
 しばらくシェリルの肌を探っていた彼も、ようやくそのことに気づいたようだった。手の動きが再び静かになり、止まった。
「……ごめん。なんか、疲れてて」
 ずっと瞳を閉じたまま、涙を滲ませながら、彼女は呟いた。コヨーテがどんな顔をしているのか怖かったが、意を決してやっと目を開ける。
 既に暗闇に包まれ、小さく明けた窓から、僅かに月の光が差し込むのみの部屋では、彼の表情までは分からなかった。顔の輪郭が浮かび上がっているだけだ。
「そうだね。昼間、あんなに歩いたもんね」
 答えるコヨーテの声は、優しかった。シェリルの胸に触れていた手が、彼女の服の乱れを手早く直し、頬に触れる。その動きが、今までになくぎこちなく感じるのは、気のせいだろうか。
 温かい手は離れ、コヨーテの影が動く。起き上がった彼は、寝台から床へと下り立った。
「僕はちょっと目が冴えちゃった。少し下で飲んでくるよ」
 穏やかに呟く彼に、失望と嘆きを押し殺して頷くと、彼は扉を開けて、部屋を出て行った。

 彼は今頃、どんな女と寝ているんだろう。
 目を瞑って呼吸を整え、眠ろうと言い聞かせても、そんなことばかり頭に浮かんでくる。
 こんなことを考えなければいけないなら、素直に彼を受け入れればよかった。無論、シェリル自身はそうしたかった。抱き合ったところで、かつてのように全てのわだかまりを、水に流せることはないのかもしれない。それでも淋しさと不安に震えている彼女の中の一部は、コヨーテに触れ、繋がることで、温かく満たされるに違いない。それがシェリルの意志でどうにもならない、彼女の態度や考えに影響するかもしれない。
 けれど意に反して、シェリルの体はコヨーテに触れられても、少しも熱を持たず、喜ぶこともなかった。
 いつからあたしのからだは、こんなに気位が高くなったのだろう。以前は、毎夜のように美しい恋人と抱き合っていた彼に触れられても、ただ嬉しかった。彼女自身はそんな簡単に彼に屈服するのが悔しい気もしたが、彼が欲しくてたまらなかった肉体に、頭の中の意識まで溶かされ、ただ奴隷のように彼を受け入れることしか考えられなくなってしまった。
 王都に彼が会いに来ていた時もそうだ。他に同じような女がいるかもしれないと思いつつ、その可能性は締め出そうと思えば、いつでも頭から追い出すことができ、彼との睦みあいに没頭することができた。
 なのに今はまるで逆だ。意識ではコヨーテを受け入れたいと思うのに、肉体は他の女を抱いた男を拒んでいる。
 このままではだめだ。私がだめになる。肉体も意識も考えもすべて、彼の態度に振り回されるままだ。

 他人を見ていても始まらない。問題は自分の中にある。
 シェリルは一旦眠ることを諦め、寝台に起き上がると、下着姿のまま胡坐を掻いて座った。
 目を閉じ、呼吸を静かに落ち着かせる。意識を集束して、瞑想に入ろうとした。
 魔術師として、初歩の初歩だ。己の意識を集中させ、心の形を整える。これができなければ、他人の精神を捉えることも、精霊と対話することもできない。
 コヨーテの心を操ることはできない。自分の心を思い通りにすることもままならないが、それでもこうして瞑想に入り、表層意識から少しずつ、浅い部分だけでも形を整えることができれば、やがてそれがもっと大きく深い、深層の心にまで影響を与えるかもしれない。
 そうでなくてもいい、もう少しシェリルの態度や意志を理性的に操れるようになれば、少なくともコヨーテに負担をかけることだけは、避けられるかもしれない。
 細く、長い呼吸を繰り返す。
 ギルドを抜けても、腐っても魔術師だ。己の心の表面すら制御できないでどうする。
 
 原点に返るのだ。
 コヨーテと出会う前、仲間たちと出会うもっと前。たったひとりでギルドを出た、十四の秋。
 一体何を望んで、ひとりで旅に出ようなどと思ったのか。こんなに見苦しく心が崩れ、他人をあてにする為ではないはずだ。
 マライアと出会って以来、シェリルは自分の心を律しながらも、彼女や仲間たちを頼ってきた。彼らが亡くなった今、同行しているコヨーテが、彼らの代わりになることはない。それは分かっていたことだ。
 もう一度、マライアと出会う前の自分からやり直すのだ。 
 コヨーテは他人だ。違う人間であり、彼女の心を解ってくれることはない。今の彼女が彼の為にできることがほとんど無い以上、彼を頼ってはいけない。色も形もない、彼との絆を当てにしてはならない。彼に八つ当たりをしたり、意味もなく言動がきつくなるのは、無意識に彼に期待しているからだ。
 その心の垢を全て削ぎ落とすのだ。
 自分の足で自分の人生を歩くなら、それは必要のない汚れだ。
 コヨーテに近づく度に剥がれ落ちてしまった、恥や礼儀や遠慮といった、よそよそしいとされるものを、もう一度纏う。それで自分の心が形づくれる。
 近づいた心を再び離すのは、何故かとても重苦しい。相手──ときには自分──に対しての、失望や嫌悪を伴わずにはいられない。癒着した包帯を傷口から離すように痛みがあり、べりべりという不愉快な音すら聞こえそうだ。心を離すことがきっかけになって、相手との人間関係が終わってしまうこともあるだろう。
 けれどシェリルは魔術師だ。いつでも表面だけとはいえ、自らの心を覗き込んできた。自分になら、相手に勝手な失望や嫌悪など覚えず、理性的に心の距離を離すことができるはずだ。現に、かつて彼女は何度か、仲間たちに対して同じことをしている。彼らに対する不満が募る前に、そうして冷静に相手との距離を測って操ってきた。

 彼と私も違う人間だ。私は私で自立しなければならない。
 ──それなら、何故。
 言い聞かせる度に、ひとつの疑問が浮かんだ。今はその答えを考える時ではない。シェリルはいずれ考えなければならないその問いを、何度も心の奥に押し込めて、瞑想を続けた。

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