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魔女とコヨーテ」
第六話 道の先

第六話: 道の先 18

2009.11.28  *Edit 

「山賊が出るって話聞いた? 怖いよね~。あたし、これでもちょっとは剣が使えるんだよ。おにいさんたちをしっかり守ってやるからね」
 三姉妹の真ん中の妹だという娘は、ずっと並んで歩くシェリルとコヨーテについて歩いていた。先日の夜、コヨーテに静かながら流し目を送ってきたのは長女だったが、彼女は苦笑いを浮かべながら、末のおとなしい妹と共に、ずっと後ろを歩いている。
「頼もしいけど、盗賊が出たら皆で逃げるか、降参した方がいいよ」
 弾むように歩きながら、時折コヨーテの体に肩を軽くぶつける娘に向かって、コヨーテは穏やかに言った。
「んもう、だらしないなあ、おにいさん。そんなんじゃ、可愛い奥さんに愛想尽かされちゃうよ。ねえ?」
 少女はコヨーテを挟んで反対隣にいるシェリルに、邪気の無い笑顔を向けた。
 うるさいよ、と思ったが、シェリルは曖昧に笑い返した。娘の馴れ馴れしい態度に腹は立つが、シェリルが怒る筋合いのことではない。実際は夫婦ではないのだ。
「こんなに可愛い奥さんなら、こんなひょろひょろした頼りない旦那さんより、もっと素敵な人を見つけられそうじゃない」
「ひどいな」 
 娘の挑発的な言葉に、コヨーテは苦笑いを見せた。だがその実、その言葉は、シェリルに対する挑発だということくらい、シェリルにも分かる。シェリルを持ち上げているようでいて、この男は彼女にふさわしくないと、言葉の裏で告げているのだ。
 同性である女から、男を挟んでこれほど挑戦的な態度を取られたことはない。
 苛立ちは溜まったが、真正面から戦う気力などなかった。コヨーテが決めることだ。美人ではないが、小柄でどこか蠱惑的な娘と、寝たいなら寝ればいい。シェリルにはそれを嘆くことはできても、彼や娘を責めることはできない。
 恐らく先日の夜は、コヨーテは長女を名乗る美しい女と寝たと思っていたのだが、彼女はおとなしくしていて、代わって次女が露骨にコヨーテに接近してきている。もしかしたら彼はこの真ん中の妹と寝たのだろうか。それとも、先夜は長女が共寝したので、次は次女の『順番』だということなのだろうか。
 疑問に思ったが、不愉快なので考えるのはやめた。シェリルには関係ない。コヨーテと彼女たちの問題だ。困った事態になったコヨーテが、シェリルに助けを求めた時に、初めて考えればいい。
 だいいち、険しい山道を歩くのに精一杯で、とても他人のことまで気が回らなかった。行商たちは歩き慣れているらしく、一行を先導して道を選んで歩いていたが、後に続く全員は山に慣れない素人だ。年配の夫婦の巡礼者や、年下の妹を連れた三姉妹の長女などはつらそうだった。
 歩みは遅かったが、天候にも恵まれ、暑さと急斜面と戦いながら、旅人たちは山道の半ばまで無事に進んでいた。


 標高の高い位置に来ると、夜は冷える。しかし空気は澄み、星はいちだんと美しく見えた。
 野宿の間は、夫婦の巡礼者を装っているシェリルとコヨーテは、隣り合って眠った。
 無邪気を装った例の娘が、「あたしも!」などと、コヨーテの隣に眠ろうとした時には、シェリルもさすがに蹴り飛ばしてやりたいと思ったが、彼女の足が動く前に、長女が次女を引き戻していった。
 十日ぶりくらいに、コヨーテの寝息と体温を間近に感じながら横になる。彼と心の距離を離したつもりでいても、やはり側にいると安心した。勿論、さすがの彼も、旅人同士固まって野宿している状態で、どこかに女を誘い出して交わるようなことはしていないようだった。
 これが街道の旅の途中であれば、ほぼ間違いなく、あの日焼けした肌の娘と関係を持っていただろう。きっと残念に思っているに違いない。他人事のように思い、シェリルはほくそえんだ。
 シェリルとコヨーテの隣には、大抵年配の夫婦の巡礼者が休んでいた。既に子供たちも家庭を持って独立した今、体が動く内に念願の巡礼に出たという。
 シェリルたちと同じように、隣り合って並んで眠る彼らを見て、この夫婦たちは一体どうやって、何十年もの間、一人の人間と連れ添ってきたのだろうと、ふと考えた。今のシェリルにはそれはまるで奇跡のように思えた。
 
 他の旅人に知られないよう、彼らが野営をする場所の周りに、シェリルは結界を張っていた。獣よけの結界は、まじないに近い。効力も弱いが、その分術者の消耗もほとんどない。おかげで狼の遠吠えは聞こえたが、実際に襲われることはなかった。
 無論結界のことなど知らない旅人たちは、男たちが交替で火の番を立てることにしていた。
 その夜は夕暮れ過ぎには美しい星が見えていたが、夜半から分厚い雲が垂れ込め、湿気が漲ってきていた。


 微かな話し声が耳を打った。同時に隣で寝ていたコヨーテが静かに身を起こすのに気づく。
「なんか見えねえか……」
 少し離れた焚き火の辺りで見張りについていた行商の男が、小声で呟きながら連れを起こすのが見えた。彼らの緊張が伝わり、シェリルも瞬時に覚醒する。コヨーテも傍らに置いていた剣に手をかけた。
「火だ。盗賊かもしれない。皆を起こして」
 視力のいいコヨーテが、夜営の焚き火越しに目をこらして呟く。シェリルは頷く間もなく、側で寝ていた巡礼者夫婦と、三姉妹を揺さぶって起こした。彼らが起き上がるのを尻目に、靴の紐を手早く結び、短剣をベルトに括りつける。
 湿気に濁った夜の闇を怒声が引き裂いた。狼の遠吠えではない。人間の野蛮な雄叫びだ。
「盗賊だ! 荷物を置いて逃げろ!!」
 見張りをしていた男が叫び、こちらを振り向いて駆け出した。シェリルも外套だけ掴むと、背嚢は置いたままで、振り返って走り出す。
 彼女の少し前を巡礼者夫婦が、その後を末の妹を両側から抱えた三人姉妹が走っている。
 
 先頭を走っていた巡礼者の夫が、突然悲鳴を上げた。だしぬけに木陰から人間が飛び出してきたのだ。立ち止まる巡礼者に向かって、現れた人影は振りかぶった物を叩きつける。重いものが肉と骨を潰す音が弾け、呻きをあげて彼はくず折れた。彼に長年連れ添った妻の絶叫が響き渡る。
 盗賊たちは反対側に回りこんでいたのだ。既に囲まれていた。
 悲鳴を上げ続けていた巡礼者の妻の方にも、巨大な棍棒が振り下ろされる。彼女の声は途切れ、代わってすぐ後ろにいた三姉妹が、身を竦めて金切り声を上げた。
「若い女だぜ!」
「捕まえろ」
 盗賊たちの胴間声が響いた。彼女たちを助けようにも、二、三人の武装した男たちを目の前に、短剣一本でどうしようもない。盾になる人間がいなければ、術も使えない。浮き足立つシェリルの腕が、突然横に引かれた。コヨーテだ。
「早く! 逃げるんだ」
「待って」
 他の人は、と尋ねようとして、逃げてきた方に目をやった彼女は、松明を持って襲い掛かる盗賊の足元で、倒れ伏している行商の男たちを素早く捉えた。
「女の人たちは?」
「ほっとけ」 
 男たちに捕えられた、姉妹たちの甲高い悲鳴を耳にしても、コヨーテの声は一切揺るがなかった。
「でも……あの人たち、殺されちゃう」
 彼に手を引かれても、足取りの重いシェリルに痺れを切らしたように、彼は声を荒げた。
「助けに戻るなら、君一人で行けよ。あの人数相手に勝てると思う? 金もらってるわけでもないのに、なんで僕らが彼女たちの為に、命賭けなきゃいけないの」
 一瞬足を止めたコヨーテは、シェリルが姉妹たちの方に戻らないのを確信すると、再び彼女の手を引いて走り出した。シェリルも懸命に続く。転びでもして、コヨーテと手が離れたら終わりだ。
 夢中で走る彼女が気づかない内に、空を覆う雲から、堪えきれないように、ぽつぽつと雨が降り出した。
 暗くて周囲が見えない。ただコヨーテを信じて続くしかなかったが、ほどなく前方に明かりを見つけた。舌打ちしたコヨーテが足を緩める。
 こちらにも盗賊が回りこんでいたのだ。
 立ち止まるシェリルたちの背後から、別の足音が早くも追い縋ろうとしていた。

「待ってくれ! 金ならやる。見逃してくれ」
 両手を一度上げたコヨーテは、腰に下げた財布を素早く外すと、前方に立ち塞がる、松明を持った男の方に放り投げた。粗末な服を纏い、体毛と髭に覆われた大柄な男だ。松明と反対の手には、不恰好な剣を持っている。
 後ろからはくぐもったような女の悲鳴と、男たちの下卑た声が聞こえてくる。あの姉妹たちが、盗賊たちの餌食になっているのだ。
 コヨーテが放り投げた財布を、男は屈んで拾い上げた。
「結構持ってんな」
「それで見逃してくれ。私たちはただの巡礼者だ。聖地に辿り着くまで、死ぬわけにはいかないんだ」
 この切羽詰った状況においても、コヨーテのすっとぼけた演技は健在だった。だがこの場でははったりも命がけだ。前後を数人の男に挟まれた状態で、接近戦に弱いシェリルは勿論、さすがのコヨーテにも打つ手は無いだろう。彼の背後でなす術もなく立ち尽くしながら、大柄な男がいついきなり剣を振り上げ、先ほどの中年の巡礼者のように、コヨーテが頭を断ち割られるかと不安に怯えているしかない。
 突然背後から肩を掴まれた。小さな悲鳴が口をついて出る。用心深いコヨーテは、シェリルの悲鳴を耳にしても、慌ててすぐに振り返るようなことはしなかった。前を向いたままの彼の背中が、引きずられて数歩遠ざかる。
「女も置いていけ。それなら見逃してやる」
 シェリルを後ろから抱え込んだ男が、コヨーテに向かって怒鳴った。強烈な口臭が漂って吐き気がする。雨に打たれて湿った空気に、何ヶ月という単位で体を清めていないだろう、男の悪臭が混ざった。
 前方を警戒しながら慎重に首を巡らせ、シェリルの方を見た緊迫したコヨーテの顔が潤む。肩を締め付けられる痛みと男の体臭に、涙が滲んだ。

『伏せて!』
 コヨーテの澄んだ声が古代語でそう刻んだ。一瞬後にそれを理解したシェリルは、渾身の力で男の肋骨を肘で突き、膝を折って体を伏せる。
 すぐに屈んでシェリルを立たせようとした男の体から、急に力が抜けた。伏せるシェリルの横に彼女を抱えていた盗賊の体が投げ出される。僅かに首を曲げて男の顔を覗いたシェリルは、彼の顔が苦痛に歪み、その背中に矢が突き立っているのを見た。

 辺りに盗賊たちの悲鳴が満ちた。横手から飛んできたいくつもの矢が、獲物を捕えたと油断していた男たちを不意打ちしたのだ。
 伏せたままコヨーテの方を振り向くと、彼も地面を這ったままシェリルに近づいてきていた。無意識に伸ばした手をしっかりと捕えられる。雨に打たれて冷え始めた体の中、その手だけに温かさが宿った。
 矢が飛んできた方から明かりが差している。窮屈な姿勢でそちらに目を向けると、疎らな木立の隙間から、いくつもの松明の炎が見えた。襲ってきた盗賊より多いかもしれない。
 弓矢の洗礼は止み、周囲では倒れ、膝をついた盗賊たちが呻いている。逃げ去っていくいくつかの悲鳴とを足音が聞こえた。
「盗賊どもめ! ここをどこだと思っている。貴様ら人間のカスが棲むような場所じゃねえ!」
 雷鳴のような男の低い怒声が響き渡った。
「ちきしょう、兵隊だ」
 近くで盗賊の呟きが聞こえた。
「捕える必要はない。盗賊は皆殺しにしろ!」
 それに答えるように、再び同じ声が響く。続いて盗賊の雄叫びより、遥かに統制の取れた怒号が押し寄せ、炎の波と足音が駈け寄ってくる。
「立って」
 コヨーテは素早く立ち上がり、シェリルの腕を引いた。膝立ちで逃げ出す盗賊たちに続かず、踏み止まってシェリルの手を握ったまま、走り寄ってくる軍隊に身を向けた。もうシェリルの目にも見える。剣や槍を手に、革鎧で武装した兵隊の一団だ。
「待ってくれ! 私たちは盗賊じゃない! 巡礼者だ」
 興奮して走りよってくる彼らに、コヨーテは声を張り上げた。それを聞いた兵隊の一人が、振り返って背後に怒鳴り散らす。
「隊長! 巡礼も混ざっているみたいです!」
 逃げる盗賊たちを追い、屠る兵たちの一番後から、腰に剣を下げ、革鎧をつけた長身の男が早足で歩み寄ってきた。男は尊大にシェリルとコヨーテを見やると、唇を歪めて笑った。目の前の兵士に背後から命令する。
「巡礼者か。婦人もいるんだ。丁重に保護してやれ」
「向こうにも、まだ旅の連れがいるんです。女性も……」
 シェリルは隊長と呼ばれた男に向かって、背後を指差しながら訴えた。夫婦の巡礼者は助かるまい。行商たちにしても、生きているかどうかは分からなかったが、死んだところを確認してもいない。それに陵辱されている三姉妹はまだ生きているはずだ。彼女たちに嫌悪はあっても好意はないが、同じ女として、彼女たちが陵辱されながら、盗賊たちと共に軍隊に虐殺されるのは、あまりに忍びない。
「向こうにも女がいるそうだ。助けてやれ」
 隊長が告げると、側にいた兵士は返事をして、数人の兵隊と連れ立ち、姉妹たちの悲鳴が聞こえる方へ駆けていった。

 助かった。奇跡だ。
 絶体絶命のところで、恐らく麓の村の領主が差し向けていた軍に、助けられた。領主と神に感謝したい気分だった。こんなところで死ねない。
「巡礼だというが、どちらに向かう予定だ?」
 隊長らしき男は、相変わらず尊大な口調で尋ねた。どうもシェリルは、この軍人独特の居丈高な話し方が好きになれない。しかし命の恩人とも言える人間である。嫌悪感を見せることなど、今は考えられなかった。
「西です」
 短くコヨーテが答えると、再び隊長は口の端を吊り上げた。
「なるほど。では我らの関所へご一緒していただこうか。ここは山の東と西の領地境にあたる。西に入るなら、通行税を払っていただかないとな」
 どうやらシェリルたちを助けてくれた軍隊は、東の領主ではなく、西の領主の軍らしい。そう言えば少し前の村で、山の中で両軍が小競り合いを起こしたことがあると耳にした。
 隊長の言葉を聞いたコヨーテは「かしこまりました」と呟くと、素早く屈み、頭部に矢を受けて倒れた髭の大男の手から、自分の財布を拾い上げた。
 その彼の仕草を、屍肉をあさるコヨーテそっくりだなどと思いつつ、密かにシェリルは感嘆と戦慄を覚えた。
 先ほど彼はシェリルにだけ分かるように、古代語で伏せろと叫んだ。つまり彼は、この軍隊の接近と、彼らが弓矢を放ってくることに気づいていたのだ。小雨のそぼ降る中、あの絶体絶命の状況で彼の耳は、離れた場所で弓の弦を引き絞る音を拾い上げていたのだろうか。
 コヨーテが叫ばなければ、盗賊たちと一緒に矢ぶすまになっていたと思うと、今さらながら足元から震えが襲ってきた。

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~ Comment ~

RE: 拍手お返事 >Kさん 

拍手、ありがとうございます!
ぼちぼち終盤ですが、ここまで読んでくださって、ありがとうございます~!

助かったと思ったらまた…というインディジョーンズ的(そうか?)展開にしてみました。
敵の敵が味方とは限りませんものね。

…で、隊長は…その通りです! さすがKさんです~~。気づいていただけて嬉しいです。
次回の更新で、よりはっきりとすると思います。んなこと、どーでもいーんですけど…ほんとに…。

姉妹(ほんとは姉妹じゃないですが)は3話で出てきた踊り子と同じく、南の方の出身なのですが、あっちではコヨーテ君みたいなひょろひょろタイプが好まれるようです。
…という裏設定を…すみません、今考えました(笑)
育ちが良さそうなので、貴族のぼっちゃんに見えたんですかねえ。で、愛人に納まろうと。まあ、それどころじゃない感じですが…。

今までウダウダと痴話喧嘩してきましたが、次回から少しワイルドな展開になります。

RE:拍手お返事 >Tさん 

拍手、ありがとうございます!

長くなってしまったお話ですが、ここまで読んでいただいて、ありがとうございます!
Tさんをお招きくださったサイト様にも感謝です~。

エピックファンタジーの側面もありますが、恋愛をテーマに(一応…)したお話なので、内面やエゴなども書いてみました。
書きたいこと全てを形にすることは、まだまだ技術が及びませんが、少しでも何か伝わっていれば幸いです。

最終話も大詰めになってきましたが、できることなら最後までお付き合いいただければ尚嬉しいですm(_ _)m
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